HSPの私が感じた日々のつぶやき

【責任自分論】に思うこと

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こんにちは!まだ雨が強い地域もあり、色々と心配がつきませんが。。皆さんどうかお気をつけください。
 
 
 
昨日から、どうしても書きたくなってしまったことがあって、また独り言を書かせてもらいます(HSPとは関係なく、社会派な記事を書きます!)。
 
 
 
 

非正規公務員、過半数が年収200万円未満・・ということについて

 
 

過半数が年収200万円未満」非正規公務員ウェブ調査

(朝日新聞よりお借りしました)
「過半数が年収200万円未満」非正規公務員ウェブ調査:朝日新聞デジタル (asahi.com)
 
昨日このような記事が出ていました。読んだ方も多かったのでは?と思います。ニュースでもやっていましたね。
 
 
 
****************(記事抜粋)*******************

 
非正規公務員や研究者らでつくる「公務非正規女性全国ネットワーク(通称・はむねっと)」が初めて調査を実施。今年4月30日~6月4日にインターネットを通じ、1252人分の有効回答を得た。回答の9割超が女性、8割超が地方自治体で働く人だった。
 昨年1~12月の年収は200万円未満が52・8%にのぼった。回答者全体の3分の1以上が、自身は「主たる生計維持者」(単身者を含む)だと答え、余裕をもって生活する収入がない実態が浮かんだ。主たる生計維持者の女性に限ってみると、4割超が年収200万円未満、7割超が250万円未満にとどまった。
 
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私は、正規社員も非正規社員も両方どっぷり経験してきて、どちらの辛さも良さも知っています。
 
 
 
 
それでも、このような記事に対する一部の人のコメント(下記) には、胸を痛めてしまいました。
 
 
 
 
今回のニュースに対するコメント(抜粋)
 
 
 
―非正規で給料が安いことは理解して応募したんじゃないの? 最初から公務員じゃなく正規の会社員の求人に応募すればよかったんじゃないかな?これは自己責任すぎるし、不満があるなら転職すべきだね。
 
 
―賃金に不満があるなら高賃金の仕事を選べばいい。補償が欲しいなら高補償の仕事を選べばいい。本人が選んだ仕事に、なぜ不満を言う?労働契約に偽りがない限り、本人の選択ミスでしょ?
 
 
いわゆる、【責任自分論(自己責任論)】・・ってやつでしょうか。
 
 
 
 
こういうコメントを出す人は、基本的に強者なのでしょうね。正規社員として働き続けて、辛いことも乗り越えて、なお頑張って今の立場を守って来た人。またはフリーでも何でも、嫌なことや苦しいことを乗り越えて、自分の力で仕事を勝ち取ってきた人。
 
 
 
 
そういう人からみたら、きっと今回の訴えを聞いても【不満ばかり言ってる弱者たちの戯言】。。のように思うのでしょう。
 
 
 
 
 
でも、非正規社員として不合理な働き方を沢山経験してきた私には、こういう目線の人が意外と多い今の世の中に、とてもコワイものを感じました。
 
 
 
 
 
非正規として働いている人達の中には、折角正社員として入社したのに、尋常でないほどの残業やパワハラ、人間関係などに巻き込まれ、やむを得ず退職した人(HSPの人もいるかもしれません)も沢山います。そして、まともな会社の正社員になることが叶わず、非正規として働いている人は表に出てこないだけで、かなりいらっしゃると思います。
 
 
だから、あえて派遣やアルバイトを選んでいる人ばかりではない、、というのが私の実感です。(勿論、夫が高給を稼いで生活は安定している既婚者の女性が、非正規社員を選ぶ・・というケースも一定数ありますが。)
 
 
 
 
むしろ、やむを得なく・・・という人が多いように肌で感じています。
 
 
 
 
今は、そもそも普通にきちんとまじめに働くだけの人間は、正社員として採用されない、おかしな世の中になっているのです。特別なスキルや、人と競争して売り上げを伸ばし、セールスを勝ち取っていける人・・など、何かしら直接的な成果をすぐに結果として出せる人材でない限り、企業はもはや人を正社員として採用しなくなりました。
 
 
 
普通の人が、人並みの給与を得て正社員で働ける環境が、日本から消えて無くなってきているのです。
 
 
 
(何故、普通じゃいけないのだろう?日本はいつからこんな風になってしまったのか?)という想いが、私の中には強くあります。
 
 
 
 
それでいて、人手不足だといって、(コロナ渦で今は短期的に減りましたが)安い賃金で海外からの労働者を、名ばかりの【研修生】という名目で来日させていました。
 
 
 
 
そして、一部の有能な(若い)人間たちだけが、莫大な報酬を得て、会社の業績を上げようと、がむしゃらに働く欧米企業のやり方に変わっていったのです。それはどなたかがYahooコメントで書いていた通り、小泉・竹中時代の政策によるところが大きいと考えられます。
 
 
元はと言えば、アメリカを中心としたグローバリゼーションの波で、世界で競争が激化してしまったからなのですが。。
 
 
 
ビジネス環境が厳しくなって、企業が人材を終身雇用で守れなくなってきたため、今までならば、普通にきちんと自分の持ち場の中で働けていた人々が、今まで座っていた椅子を奪われ、会社での居場所をはく奪されて、解雇されるようになってしまったのです。
 
 
 
 
でも皆、「生活」があります。いきなり梯子を外された人達に、すぐに社員の道が開かれることは、残念ながらあまりありません。。
 
 
 
 
それでも生きていくために、社員よりはハードルの低い、非正規の派遣やアルバイトで、「とりあえず」雨宿りして、正社員雇用となるための就活をしていく。もしくは、副業の道など模索しながら、非正規でやむを得ず働いている人が沢山います。
 
 
 
正社員から見れば、非正規社員の働き方に対して「残業も早々に切り上げて、楽でいいよね。。それで給与が低いなんて当たり前」と冷めた目で眺めている人も多いと思います。
 
 
 
でも、非正規の方からすれば「こんなに少ない給与や保証もない中で、面倒な仕事ばかりを押し付けてくるなら、せめて残業をしないで定時で帰宅することだけでも、派遣のメリットを死守する」と、思っているのかもしれません。
 
 
 
 
確かに、私も正社員の時は激務を経験しています。体調まで崩しながら、これでもか‥というくらいに、自分の体に鞭打って深夜までの残業をしていました。
 
一人では現実的にこなしようのない業務量を与えられても、無理です・・の一言が言えない環境。。「プロに徹しよう」と言い聞かせながら頑張っていました(汗)。その当時は、派遣社員の人達が、(自分よりも)軽(そうに見えた)責任範疇で、決まった時間だけ働いて帰宅するのをみて、正直とてもうらやましかったのを覚えています。
 
 
 
でもその後、やむを得ずに非正規社員で働くようになると、このポジションの底なしの不安感、そして非正規でも(責任自体は社員よりは軽いものの)かなりの職務を求められる環境で、同じだけ働いて、何でこの給与?と悲しくなる状況の不条理さに、悔しくて悲しい気持ちになることが非常に多かったです。
 
 
 
また、私は名前ではなく「派遣さん」と呼ばれることも嫌でした。皆、私の名前を知っているのに、なぜ派遣さん・・などと、あえてご丁寧にも(苦笑)「さん」づけして呼ぶのか?なんかとても見下されているようで、私は嫌だったな(笑)。。。
 
 
 
 
 
今思うと、派遣社員になりたての頃は、特に人間の尊厳にかかわる部分が否定された経験(相手に悪気が無いだけに)の数々が、社員時代のしがらみよりもきつかったです。割り切るようにしたら、気にならなくなりましたが・・(笑)
 
 
 
そして、ハードな状況下での仕事でも、社員時代には、少なくともその我慢やストレスに耐えれば→給与・ボーナス、安定雇用という見返りがありました。
 
 
 
でも、非正規雇用にはそれはありません。
 
 
 
 
また非正規であっても、プロの職業人として働くべく頑張っても、基本的にその頑張りはずーっと、“報われない”のです。
 
 
 
 
周囲から「いやぁー助かったよ!ありがとう!」なんて感謝されこそすれ、目に見えて感じられる実質的な報酬は何も与えられず、次のステップへと昇る階段は、非正規労働者に与えられることはありません。
 
 
 
ただ延々と同じ時間給で、3か月ごと(またはもっと短い期間)の契約で働き続ける。。
 
 
 
 
 

お前が契約したんだろ?と言われるかもしれないけど

 
 
 
そもそも、こんな契約をせざるを得ない状況に追い詰められた人達の足元を見て、安い給与と不安定な雇用条件。。という、企業側にばかりが圧倒的に有利な契約が結べること(そしてそれを許す制度)が問題なのでは?って感じています。
 
 
 
 
結局、良い仕事をすればするほど、社員と同じように質の高い仕事をすればするほど、社員の待遇と自分のみじめな待遇が際立ってしまう・・っていう現実が存在します。
 
 
 
 
手取りも全く増えない。勿論長期間の契約を保証してなどくれない。ただ「会社にいいように使われてしまう=非正規」という現実を、ことあるごとに突きつけられる訳です。
 
 
 
 
それが続くと、働く意欲がどんどんと削られていく
 
 
 
ちゃんと働けば働くほど、「働き損」になってしまう仕組みに、人はどれくらい耐えられるでしょうか。 優秀で賢い人ほど、耐えられなくなると思います。
 
 
 
 
そんなシステムを作って、その中に(望まずとも生活のために)色んな泥水を吞み込んで働いている人達が大勢いる・・っていう現実に想いを馳せることなく、「大して働かない」とか「それなりの事しかできない」と言っている人達は、、、
 
 
 
試しに3年くらい非正規社員をやってみるといいんじゃないかなーなんて思ったりもします(笑)。勿論、その3年後に社員に戻れる保証など何もない中で。。
 
 
 
確かに、派遣会社がピンハネをしているのかもしれません。でも、派遣会社だって人を雇い入れて、経営していかなければいけないので、仕方がない部分もままある。
 
 
 
結局企業は、会社と従業員を切り離して、企業だけを永遠に生き残らせることを決めたように見えます。そこで働く従業員全員に、責任を持たなくなった。そしてそれを容認する世の中になってしまった、、という事が一番の原因なのでは?と感じます。
 
 
 
 
 
 

会社側のマインドは、「必要な時に安い賃金で雇って、要らなくなったら契約を切っちゃえばいい」?!

 
 
 
誰がこの雇用形態で(このようなマインドで雇おうとしている企業のそんなポジションに)、進んで働きたい!と思って勤務を開始するでしょうか?
(フリーで自由な方が良い。仕事が決まらなくたって全然OK・・という人は勿論別ですが。。)
 
 
 
 
特に家庭を持つ年代や(また、既に子供を持つご家庭の人)、独身で老後の生計を自分だけで立てなければいけない人達であれば、将来設計も出来て、先行きがある程度見通せる中で、会社(職場)の一員として、ちゃんとした給与と福利厚生を用意して迎えてくれる場所で働きたいと思うはずです。
 
 
 
その願いが叶わずに、働く意欲を徐々にそがれるような扱いを受けていると(=給与や待遇面の差、自分は「社員として扱われない」という事実を肌で感じながら働く状況)、人間はそう長く、意識を高く持ち続けることは難しいです。
 
 
 
 
人間は環境の動物。
 
 
 
 
 
そして、正しいか正しくないかは置いておいて、常に人と比較をして生きている生き物なのです。
 
 
 
 
 
 

強者の理論

 
 
 
「非正規の人は、自分で納得して契約書にサインしたんだろ?」と言える人たちは、もしかしたら、今の会社(または転職した数社)で、“たまたま”正社員として雇用を守られてきたラッキーな人達かもしれない。
 
 
 
または自分が得意なスキルが、今の時代にラッキーにも求められるものだったから、仕事にあぶれなかっただけかもしれない。
 
 
 
 
でも・・・・・
 
 
 
 
一歩ちょっと違うところを歩いていたら、何かのめぐりあわせで、あなたたちも、同じ目にあって、転職を繰り返す事になっていたかもしれない。
 
 
 
 
 
その過程で、どうしても就職先が決まらず、家賃が払えずに、食べるものさえ確保できない恐怖から脱却するため、非正規の年収200万円の場所でもいいからやるしかない、、と藁をもつかむ思いで入ったとしたら、、?
 
 
(世の中には、あらゆる事情で、能力があっても正社員として働き続けられず、非正規社員となった人は五万といます。)
 
 

それでも「自分で選んだんでしょ?」と言える・・?

 
 
 
 
もし、幸運にもその200万円の職場で採用され、働き始めることが出来たとしても、非正規ということで、自分の意見はあまり言えず(=次回の契約更新がしてもらえないという恐れから)、周囲の顔色をうかがう毎日を過ごすとして。こんなにフルで働いて手取り10万円ちょっと・・という生活が続いたら・・・?
 
 
 
 
派遣社員であれば、就業先で前向きに笑顔で幾ら頑張って働いても、たった1~3か月後先の雇用が約束されません。先が見えないのです。年に何度も、今後の契約更新時ごとに、不安を抱える生活です。
 
 
 
 
だから、毎月の家賃や固定費を考えると、ちょっとしたカフェに入るのも躊躇します。
 
 
 
スタバのコーヒー1杯が大きい・・というマインドになります。絶対に普段は飲めません。だってそのお金で一食、いや、下手すると一日分の食費が賄えるから。
 
 
 
 
 
 
デパ地下のケーキなんて、眺めるだけ。コンビニスイーツを週1回買うのが唯一の贅沢。
 
 
 
 
百円ショップのものも吟味して買い物する。。
 
 
 
 
そういう生活を数年間経験してみてください。
 
 
 
 
社員は責任があるから・・。確かに責任は発生しますよね。精神的負荷が違う。
 
 
 
でも、一般社員なら何か問題が起きても、解雇される責任までは取らされない。もし大不祥事が起きたら、解雇もありえる“かも”しれないけれど、基本的にはあなたではなくもっと上の人が責任を取る。 
 
 
 
 
私は、自由が無いと生きていられないので、あえて腹をくくって社員を辞め、途中で外国に飛び出したり、あちこちぶつかりながらここまで来ました。 
 
 
 
 
でもそんな私でも、派遣社員から正社員に戻った時に最初に感じたことは・・・
 
 
 
 
戻れて良かった・・。」という果てしない安堵感でした(結局そこが倒産しちゃったんでまた非正規となったんですけどね(笑)。そのあたりの事は、先日別の記事に書いたので、良かったら読んでみてください(笑)。
 
 
 
 
そして、他社で派遣社員として働いていた頃の仕事量とそんなには大差ない業務量で、晴れて社員となった私の給与はほぼ倍となり、ボーナスや色々が入り、やはり全然違う・・と肌で感じました。

 
 
 
 
私は事務系の仕事だったので、職種が異なれば社員と非正規社員の線引き、仕事量、責任なども全然違うのかもしれませんが。。
 
 
 
 
本当にサラリーマンが合っている人にとっては、社員で安定して働けるか否か・・というのは天国と地獄のような差となり、その人の人生を大きく変えてしまう事なのです。
 
 
 
 

相手への想像力

 
 
 
 
さきほどのコメントを残した人達の言葉をみて、思ったのは、「相手をおもんばかる想像力が欠如している」ということ。彼らの言った事は、確かに一理あります。正当性も少しあるかもしれません。欧米的な考え・・ともいえます。
 
 
 
 
でも、人としての思いやり、または相手はこういう状況で苦しいのではないか?という想像力が乏しいように感じてしまうも事実です。 その場で直接見たり聞いたりしたものだけで判断して、その奥の事を観ようとしない
 
 
 
 
もし想像できないなら、その非正規社員が、もしあなたの弟だったら?大切な彼女だったら、同じように切り捨てられるか?・・という視点にたってみませんか? 
 
 
 
 

まとめ

 
 
 
 
みんながそれぞれの意見を持つのはいい。みんな違って当たり前なのだから。
 
 
 
 
 
だけど、その「違い」を大きな心で受け入れず、自分の観点だけが正しいと思い込んで、他者の意見や考え方などに対して、否定に走る人が増えた気がします。
 
 
 
 
 
違いを認めることを、怖がらないで。
 
 
 
 
弱い人や声を揚げられない人を、残酷なエゴで倒して快感を得るのって、本当は弱い人のやることだよね? 
 
 
 
 
 
弱い人、優しい人を擁護ばかりして、ダメにしてしまうのは、確かにいけない。厳しさは必要。
 
 
 
 
 
でも、愛のある厳しさで、みんなが協力して、自分たちができることをより集めて、支えていくことはできませんか?
 
 
 
 
本当に強い人は「優しい人」
 
 
 
 
優しい人が増えたら、日本は、世界は、もっと強くて良いものになっていくと思います!
 
 
 
 
 
今日も本当にお疲れ様でした。明日は今日よりも良い一日となりますように・・・!